【机上の空論】にどりやのメモ帳

世の中の現象や出来事は頭の中でも起きている。

LGBTのトイレ問題に関する議論のあり方

LGBTトイレについての批判

LGBTトイレがその当事者によって批判されています。どういう批判なのかというと「入るとLGBTと見られる」「差別助長になる」だそうです。これが批判と報道されているようですが実際は苦情といった方が近いでしょう。新しくトイレを作っただけで差別が助長される訳がありません。

 

そしてこのLGBTトイレを作った大阪市もこんな事で解決される訳がないと批判されています。中には大阪市が「LGBTトイレ」という名前にしたと勝手に決めつけて、そのネーミングについて批判するというぶっとんだ意見もあります。そもそも「LGBTトイレ」と名付けたのはこの問題を報道するメディアです。大阪市ではニュース記事の画像にもある通り、「Gender Neutral Bath room」という表示しています。これは「性別の区別のないトイレ」という意味の名前であって、LGBTトイレという名付けられたトイレではないことがわかります。大阪市内部では通称として呼んでいる可能性もなくはないのですが、結局は「なんかステッカーを貼った多目的トイレ」ということになっているのでネーミングについて批判するなら相手は大阪市ではなくメディアの方です。

 

大阪市では「多目的トイレ」と呼んでいます
http://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000397620.html#8
大阪市

 

LGBTトイレ」と呼んだのはメディアの方です。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018051900135&g=soc
時事通信

 

 多目的トイレにLGBT表示をする意味

それにしても多目的トイレに虹のステッカーを貼ったり、あるいは男女を混ぜて作ったシンボルを付けただけで「LGBTトイレ」になるというのもおかしな話です。わざわざそのようにしたのは、基本的には車いすの方や乳児の利用など多目的トイレを使ってもいい事情として「LGBT」を加えたからなのでしょうか。だとすれば「差別助長」というのも一応無理のない話です。LGBTは足腰が弱かったり、あるいは排泄に問題があって普通のトイレを利用することができない人間だと言っているようなものですから。しかしそんな風に思っている人はこの世にいません。

 

またLGBTを表すシンボルの意味もよくわかりません。「多目的トイレ」ですから性別は関係ありません。したがって、性別、あるいはLGBTを表すシンボルなど付ける必要はないはずです。特に虹のステッカーは理解不能です。確かにLGBT団体は虹が象徴であるとしていますがL,G,B,Tをひとくくりにしていいのかという問題もありますし、虹を掲げるLGBT団体の実態も不明です。というのもLGBT団体は天皇制なるものを反対するデモをやっていました。これはつまりLGBT団体がL,G,B,Tをひとくくりにして、さらにこれに属するが故に自分は反日であると訴えてることになります。万が一、そんな虹だったらトイレに掲げるのではなくトイレに流すべきです。

 

実際にどんな苦情が上がったのか

さて、そのLGBTが言っているらしいトイレの苦情は果たして正当なのでしょうか。普通に男女別のトイレを利用すればいいものをそうしない人間といえばTのトランスジェンダーでしょう。この時点でLGBTとひとくくりにする、つまり多目的トイレに謎の虹ステッカーを貼ることは適切でないとわかります。そしてTにとって利点があると言えば性別に無関係という事でしょう。ネットでは必要がなければ自分の性別を隠したりすることもあるかと思いますがその現実バージョンと言えばわかりやすいと思います。なのでトイレの苦情というのは、Tが別性のトイレに行けないがだからといって虹ステッカーのトイレでLGBTだと思われたくないということでしょう。

 

「対案」の求め方

行政に苦情が出た場合に真っ先に出てくるのが対案の要求でこの問題も例外ではありません。しかしLGBTトイレ問題の場合は、対案を出す必要はなく、求める事自体が差別になります。その理由は二つあります。

 

一つ目は、頼んでいないからです。LGBは元々男女別のトイレで十分であって、もしトイレについて要望を出す人間がいるとすれば T です。対案を出さないという理由でLGBTをひとくくりにして批判するのはそれこそ偏見です。LGBにとってはとばっちりです。

 

次に二つ目です。
まず、議論とは二つの違った立場が対立する事によって始まるものです。その議論の結果はどちらかの主張が全面的に通ることがあるかも知れませんが、二つの立場の間をとった結論という形で妥結することもあります。今回の場合、片方の立場は男女別のトイレ(及び多目的トイレ)です。ではトイレと言えばそれしかなかったのかというと当然そんな事はありません。住宅のトイレや小さなお店のトイレ、避難所にある仮設のトイレのように男女共通で使えるトイレもあります。男女の区分けで考えた場合、どちらの方式が都合がいいのかは明らかで、いわゆるLGBTの要望を聞くとしたら後者になります。簡単なことです。しかしそうでないトイレに適用する事が現実的でないのが問題であり、だからこそこの二つの違った立場で議論が起きるのです。そして新しい提案が必要であるとすればこの二つの間に存在するわけです。議論において、その新しい提案をどちらか一方だけに求めるのは不公平です。したがってLGBT「だけ」に新しい提案を「対案」として求めるとしたらそれは差別なのです。


興味がない、必要性がない、緊急性がないなどの理由があって解決策を提案しないのであれば、それも良いかと思います。ただしこの問題に取り組もうとするのならLGBTであろうとそうでなかろうと平等な立場ですので、「対案がない」ことを口実に批判するのではなくどこまでの対策が現実的なのかを考えるべきです。